2017年2月4日創世記45章1節から15節『ヨセフを遣わした神』

 

日本のある会社の社長の話です。この社長は厳しいことで有名でした。「昼休みと休憩、仕事あがり以外は休憩はしてはいけない!それ以外は会社のために命をかけて働け!」というのがこの社長の口癖でした。

ある日のお昼前です。工場の隅に人影を見つけました。すると、みんなが仕事しているにもかかわらずタバコをふかしていました。社長はそこに走って行って彼を怒鳴りつけました!「お前は何やっているんだ!」すると彼は平然な顔で「休憩しているんです。」と答えました。社長は声を荒げて「お前は週にいくらもらっている」「3万円です」と答えると彼に3万円を渡し、「今後、この場所にお前は足を踏み入れてはいけない!クビだ!」と言って、外に追い払ってしまったのです。怒りが収まらなかった社長は近くの部長を捕まえて「あいつはどこの部署だ!?」と聞くと「あ、彼はいつも私達が頼んいでる、おいしいピザ屋の宅配スタッフですよ」と言われたそうです(笑)

ピザ屋にお小遣いをあげてしまった・・・!?のでしょうか?会社の上に立つ者はもう少し冷静でいてほしいですね・・・。

今アメリカで新しい大統領が決まりました。トランプさん。さてどうなるのか、楽しみ・・・いや心配です・・・。

 

今、私達はヨセフの人生物語を見ていますが、彼のような人が国の代表になってくれたらいいと思いませんか?謙遜で神様を一番信頼している人ですものね~!

 

さて、今日の箇所はヨセフが自分の正体を言い表す所です。1節で兄弟以外をその場所から出して兄弟とヨセフだけになった所で、ヨセフは自分がヨセフであることを明かしたのです。3節「ヨセフは兄弟たちに言った。「私はヨセフです。父上はお元気ですか。」兄弟たちはヨセフを前にして驚きのあまり、答えることができなかった」「驚いた」とありますね。それはそうです。なぜなら、もう随分前に自分たちがエジプトに売った弟が自分たちの前に、それもエジプトの権力者として立っているのですから。父のヤコブはもうヨセフは死んだものと思っていました。兄弟たちはどうでしょう?兄弟たちももうヨセフには会わないだろう、と思っていたに違いありません。

もしみなさんがヨセフの兄であったら、この時どう思いますか?自分が奴隷として売ってしまったヨセフが目の前にいるのです。驚いた次は、こう思いませんか?「今度は自分たちは何かされるかもしれない!?」食料をもらいに来たのに、このまま過去の仕返しをされてもおかしくないと思いませんか?しかし、もちろんヨセフにはそんな思いはありませんでした。4節、5節でこう言っているのです。 「ヨセフは兄弟たちに言った。『どうか私に近寄ってください』」彼らが近寄ると、ヨセフは言った。『私はあなたがたがエジプトに売った弟のヨセフです。今、私をここに売ったことで心を痛めたり、怒ったりしてはなりません。神はいのちを救うために、あなたがたより先に、私を遣わしてくださったのです』」

8節でもこう言っています。「だから、今、私をここに遣わしたのは、あなたがたではなく、実に、神なのです。神は私をパロには父とし、その全家の主とし、またエジプト全土の統治者とされたのです」

ヨセフからは憎しみや怒りの言葉は出て来ませんでした。むしろ兄弟たちを気遣う言葉でした。「どうか心を痛めたりしないでください」。それだけではなく、ヨセフは信仰の言葉を述べたのです。「神は私を遣わしたのです。」

 

今日の箇所で私達が学ぶべきポイントの一つは、神は私達それぞれを今の場所に遣わしているということです。ヨセフは神様が遣わしたのです。私達も様々な場所に遣わされていると思います。今の家族、今の職場、そして今の人間関係、様々な場所があります。でも、その全ての場所は神様が私達に与えた場所であるということです。

しばしば次のようにおっしゃる方がいます。「なんで私はいつもこんな所に、あんな所にいて不幸なんだろう・・・」人間関係も悪ければ、その場所に居たくない・・・。あの人がいる場所はいいな。あの人は何も苦労もして居ないように見えるし、場所も最高な場所だと思う」なぜあなたを今いる場所に置いたのか?答えは一つです。あなたをお造りになった神様が、あなたにとって最高の場所だと思ったからです。あなたを今いる場所に置いたのは、あなたが一番光ることができ、あなたの持っているものを最大限に発揮することができるからです。だから、あなたをその場所に置いたのです。

しかし、確かに私達の人生には辛い事や大変な事もあります。パウロはローマ人への手紙の中でこう言っています。ローマ人への手紙8章28節「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私達は知っています。」

今、私達が「召されている場所」で、置かれている場所で、「神様は全てのことを働かせて」最善を尽くして私達の将来の糧になるように、益になるように導いて下さっているという事ですね。またパウロは「試練や艱難はそれでは終わらない」と言っている箇所があります。

ローマ人への手紙5章3節4節「そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです」神様は私達を置いた場所で、必ず守り、導き、祝福し、全てを益としてくださるという事です。

 

2つ目のポイントは、ヨセフの態度から、イエスキリストの無条件の赦しの雛形を見ることができます。ヨセフの兄弟たちは、ヨセフがまだ幼い時に売り飛ばしてしまったのです。それは自分の兄弟と決別を意味していました。でも後に彼がエジプトで実権を握り、全ての富を手中に得て居たのです。ヨセフの兄弟たちはエジプトで驚くべき再会を果たしました。ヨセフは自分に兄弟たちがした事を赦したのです。それだけではなく、ヨセフは自分を切り離した兄弟たちを、もう一度家族として受け入れエジプトに住まわせたのです。そして、ヨセフが持っている富を家族に与えたのです。この事は私達とイエス様の関係に置き換えられます。私達はアダムとエバの子孫です。アダムとエバは神との親しい関係にありました。でもその関係を自ら断ったのです。神が禁じていた善悪と知識の実を食べることを通してでした。この世界にいる全ての人間はアダムとエバの子孫です。つまり人間は神との関係を自ら断ったのです。にもかかわらず、神様はそんな人間のために一つの解決を送ったのです。どれだけ神ご自身が私達を愛しているか、命をかけて私達の罪の赦しを、解決を与えたのです。それが十字架の死と復活です。それを通してもう一度神との関係が修復されるのです。それだけではなく、神が持っている全ての富を私達も得ることができるのです。2コリント人への手紙8章9節「あなたがたは、私達の主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです」

 

東京造形大学の教授・元カーデザイナーの星野隆三さんという方がいらっしゃいます。カローラ、ハイエース、エスティマなどの企画・デザインを担当した星野隆三さんは、クリスチャンのカーデザイナーです。人気のワゴン車エスティマは、バラバラになったアメリカの家族を一台に乗せようというコンセプトで造られ、生命力を表す卵型のデザインは多くのユーザーの心を捕らえました。動くものが好きだった星野さんは、千葉大学大学院の工業意匠学科を修了後、1967 年トヨタ自動車にカーデザイナーとして入社、そこは自らの作品が製品化され、充実感を味わえるはずの職場でした。エスティマの他に、ソアラ、マークII などヒット商品を生み出してきましたが、「仕事」は出来て当たり前の世界、生き甲斐を仕事だけに見出すことはできなかったのです。大学時代から「生き甲斐」を求めて、座禅を組んだりもしました。友人に誘われキリスト教会も訪れたこともあります。けれど「クリスチャンは謙遜で立派と思っても、自分には無理だ」と、その時は4 ヶ月で教会へ行くのをやめてしまいした。その頃、星野さんの唯一の夢は海外留学で、それに備えるために宣教師から英語を習い始めました。英語の勉強のために、聖書を読むことで、自分の罪を知らされるようになったのです。「人のためにやっているわけではないのに感謝されたりすると、自分は存在していても良いのかと感じ始め、聖書が語る『イエス・キリストに生かされている恵み』がだんだんと実感できるようになりました」と星野さんの当時の心境を語っています。そして、ある聖書キャンプで、「自分が神に生かされ愛されている存在であり、自分の罪のためにイエス・キリストが十字架にかかられ、三日目に復活した」というメッセージを聞きました。「これを受け入れられなければ、永遠の命、真に価値のある人生は分からない」、そう感じた星野さんは、1973 年のイースターに洗礼を受け、クリスチャンとなりました。 

 世界を造られた神様に自分の人生設計、ライフデザインをゆだねた時から、確かな希望に満ちた歩みが始まったのです。創造者である神に立ち帰った時、「仕事」そのものの意味が変わったのでした。「かつて、芸術は神を賛美するために存在しました。けれど、ルネッサンス以後、神を捨てて人間中心になったのです。それが混乱をもたらしたのです。人間は神に造られたのですから、人間の創造行為は神の賜物なのです。創造活動にありがちな自己主張や独断を捨てて、神からいただいた賜物を、神が用いて下さるように祈り、自分自身を主にゆだねる時、最も良い表現ができると思うのです」と星野さんは言っています。1987 年には東京造形大学の教授へと転身、デザインを経営戦略に結びつけることを教えながら、大学の研究室では、「聖書を読む会」を開催、創造性の基礎にはキリストの愛があり、信仰をもって芸術に携わる大切さを学生たちに伝えてきました。 

 「知識の時代は終わり、創造の時代を迎えようとしています。それは知恵の段階でもあります。そして、知恵は人間からではなく、神から来るのです」と星野さんは語る。かつては、生き甲斐を見出すことが困難だった星野さんです。しかし、信仰を持ってからは、大学教授として、能力至上主義ではなく、神から知恵が与えられることが大切だと学生たちを励まし、育てることが生き甲斐となったのです。全ての豊かさはイエスキリストから与えられたということですね。

 

今日のポイントの3つ目は「神様はご自分の民を必ず守られる」ということです。今日の聖書箇所後半では、ヨセフが兄弟たちに対して「まだ飢饉が続きますから、父もここに呼んで共に住みましょう」と言っています。もしヨセフがいなかったらどうなっていたのでしょう?ヤコブとその兄弟は饑饉の間に大変な思いをし、争いに巻き込まれたりして、もしかしたら、息絶えて居たかもしれません。しかし神様はヤコブとその兄弟を守ったのです。それは神様とヤコブとその息子たちとの間には契約が結ばれていたからです。これはアブラハムが神様と結んだ「アブラハム契約」です。その約束は「1あなたを祝福する。2あなたは祝福の基になる。3地の全てのものはあなたによって祝福される」神様はアブラハムと契約を結び、その子孫たちがその約束を継承して言ったのです。それが孫のヤコブにまで来て居たのです。神様は誠実なおかたです。祝福すると言った民を必ず祝福します。だからこそヤコブ達の事も守ったのです。その方法はヨセフを一度家から出すという方法でしたが、確かにヤコブとその息子たちを守ったのでした。

箴言29:25「人を恐れるとわなにかかる。しかし主に信頼する者は守られる」

イザヤ43:1−2「だが、今、ヤコブよ。あなたを造り出した方、主はこう仰せられる。イスラエルよ。あなたを形造った方、主はこう仰せられる。「恐れるな。わたしがあなたを贖ったのだ。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのもの。あなたが水の中を過ぎるときも、わたしはあなたとともにおり、川を渡るときも、あなたは押し流されない。火の中を歩いても、あなたは焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。」

 

主は確かに守り導く神なのです。

 

今カリフォルニアに行きますと、多国籍のレストランを見ます。韓国レストラン、中華、メキシコと色々ありますが、やはり根強い人気を持っているのは、ハンバーガー屋さんです。僕たちも今回行きましたがin-N-outバーガーというお店があります。このハンバーガー屋さんのモットーは「最もフレッシュなものを最高の状態で渡す!」です。ですから、冷凍のものは使いません。フライドポテトもその場でカットするのです。日本人にしたら素朴なハンバーガーでしたが美味しいバーガーです。このハンバーガーにはセットでポテトとドリンクがついて来ますがその底には聖書の箇所がついているんです。この会社はクリスチャンによって創業され、今もその意思が受け継がれているのです。創業者はハリー・スナイダーという方です。第2次世界大戦に参加した方ですが、この方が奥様のエステルさんと一緒にロサンゼルス近郊で1948年にハンバーガー屋さんを始めたのです。始める時には今もある大手のハンバーガー屋さんはそこら中にありました。そこで取り入れた理念が「自分たち優先ではなく、顧客優先」だったのです。そこで始まったのが「最もフレッシュなものを最高の状態で渡す」という理念だったのです。毎朝フレッシュな野菜を買い顧客に出す。また忙しい人には車で立ち寄ってほしい、ということで、アメリカで初めて「ドライブスルーのレストラン」を開いたのです。 すると業績も伸びていき店舗も増えていったのです。でも創業者は1978年に亡くなってしまいます。その時まだ24歳と若かった息子のリッチさんが会社を引き継ぎました。その時リッチさんにあるアイデアが湧きます。それは彼らの家族が信じていた聖書の神の言葉をカップとポテトの下に入れるというアイデアでした。それは彼らの会社は神によって守られるように、そして神に栄光を帰す事を忘れないようにという思いがあったのです。それ以降、聖書の箇所がポテトとジュースの下に入っているのです。しかし、この後会社のオーナーたちは辛い所を通ります。息子のリッチさんは飛行機事故によって亡くなってしまうのです。その後のオーナーは創業者の妻エステルさんと、リッチさんの弟のガイさんに受け継がれます。エステルさんが亡くなった後、オーナーはガイさんに移りますが、地位と名誉に溺れて麻薬中毒者になり早くして亡くなってしまいます。そして次にオーナーになったのが、ガイさんの娘、創業者の孫にあたるリンジー・スナイダー(35)です。まだ若い彼女ですが彼女も辛い過去を通って来ました。なんと4度の離婚を経験し、一時は麻薬中毒者になってしまいます。その時の事を彼女はこう言っています。「私にくる男性は私ではなく、お金に興味があった。私を女性として見てくれる人は誰1人として居なかった。だから麻薬の手を染めてしまった。」そんな彼女がある日、イエスキリストと出会うのです。「私は誰も信用できなかった。寂しくて仕方がなかった。でももう寂しくない。イエスキリストが私と共にいてくれるから。私がいた場所から私を引き上げてくださり、私を愛してくれた。神様がいつも私を守り、支えてくれている。」 と証します。そして今でもオーナーとして会社の経営に携わり、日曜日は近くの教会の礼拝に参加しています。

 

神様は神のことばを広めているこの会社を守り、オーナーをも守ってくれているのですね。

富や名声は時には人を引き寄せますが、自分のことは守ってくれません。完全な守りは神様にしかないのです。

 

今週もこの天地を創造した力強い神が私達と共にいます。守ってくださいます。その神様と共に大胆に歩んで行きましょう。