2016年6月11日 創世記24章「主の大いなる祝福」

 

皆さんは、神の導きをいつも求めているでしょうか?

ある部分は神の導きを求め、「神様、助けてください」と祈りますが、ある分野ではまったく導きを求めない、私たちは、そういう傾向を持っています。自分の専門とする分野、経験豊富な分野などは特に祈り求めないかもしれませんが、いかがでしょうか?

祈らない分野はどんな事があるでしょうか?

 

旧約聖書の「箴言」という書物3章5節6節にこう書かれています。「心を尽くして【主】に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる」

とあります。どこにおいても主を認めよ!と箴言を通じて主なる神は私達に教えています。

 

ずっとアブラハムの人生を見て来ていますが、時には失敗してもなお主なる神によって祝福されたアブラハムの最後の大きな仕事、イサクの結婚についてから、「主の大いなる祝福」について考えてみたいと思いますが、この箇所はまさに、いつでも どこでも 何歳になっても主に信頼していく歩みが祝福される秘訣だと教えています。

妻サラを先に送り、年を重ねて老人になっていたアブラハム、この時彼は140歳になっていたと考えられます。主の祝福はいつまでも信仰の訓練の中にある、といえるでしょう。神の約束によって与えられた最愛の息子を結婚させる事を通じて、父アブラハムは、主なる神の約束の後継者としてふさわしい女性がイサクに与えられるべきだし、主なる神がそうしてくださる事を信じていました。長い間アブラハムに仕えてきた信頼のできる長老の(しもべ)を呼びよせて「わたしの息子の嫁を わたしが住んでいるカナンの娘から取るのではなく、わたしの一族のいる故郷へ行って、嫁を息子イサクのために連れてくるように」と誓いを立てました。

3節から9節で祝福される結婚の原則が書かれています。主が関わって下さる事、主を信じる者であり、約束の地を受け継ぎ、主が導かれる結婚である事です。これは結婚に限らず、主の祝福を受ける原則です。とはいえ、それでも人間どうしの結婚ですから、日々問題を抱えますが、主に心を向けて解決を求め祈る事が出来るから大丈夫です。

7節の「主が必ず導いて下さる」という言葉でアブラハムの確信していることが分かります。アブラハムは生まれ故郷のウルを出て以来、主の導きを体験し続けてきました。約束を守り続けてきた主が、必ず御使いを遣わし、(しもべ)にわかるように導いてくださるという事をアブラハムは確信していたのです。私達も「大丈夫、主が必ず導いて下さる」と確信して前に進む事が出来ますね。

 (しもべ)は具体的な導きを求めながらイサクのお嫁さん探しに出掛けました。イサクの妻となる女性とその家族への贈り物をラクダに乗せて出発し、ナホルの町に到着したのは夕暮れ時でした。長老の(しもべ)の豊かな知識を働かせ、適切な時と場所に行ったのです。夕暮れ時は女性たちが井戸から水を汲みに出てくる頃で、その女性達からイサクの妻を探そうと、

主に具体的に祈りました。12節から14節が(しもべ)の祈りです。「私の主人アブラハムの神様。どうぞ、ご主人様に恵みをお与えください。また私の役割が果たせますように、助けてください。これから私は水を汲みに来た娘さん達に、水を下さいと頼むつもりですが、その時、もし『ええ、どうぞ。ラクダにも飲ませましょう』と言ってくれたら、その娘さんこそイサク様の妻となるべき女性だという事にしてください。そうすれば主人アブラハムへの神様の恵みを知ることができます。」(しもべ)は具体的に祈りました。祈り終わらないうちに、非常に美しい娘が水のたくさん入った水瓶(みずがめ)を肩に載せて出てきたのです。当時は服装で女性が未婚か既婚かが分かったのでしょう。(しもべ)はピン!ときて、その娘に走り寄って、水を飲ませて欲しいと頼みました。娘は「どうぞ、どうぞ。ラクダにもたっぷり水を飲ませましょう」とすべてのラクダに水を飲ませました。僕はこの娘が主の与えてくださる方なのだろうかと、黙って彼女の仕事ぶりを始終見ていました。頃合いを見て質問します。「あなたのお父様の名前は何とおっしゃるのですか?できれば今夜、お宅に泊めていただけないでしょうか?」すると彼女は「父はベトエルで、ナホルとミルカの息子です。どうぞ、お泊り下さい。ラクダのためのわらも(えさ)も十分ありますし、お客様の部屋もありますよ」と快く答えました。そこで(しもべ)はひざまずき「私の主人アブラハムの神、主がほめたたえられますように。主は私の主人に対する恵みとまこととをお捨てにならなかった。主はこの私をも途中つつがなく、このような素晴らしい方法で、私の主人の兄弟の家に導かれた」と大喜びで主を礼拝しほめたたえました。

 この女性の名前はリベカです。英語ではレベッカと発音しますが、満タンに水の入った水瓶を肩に(かつ)いで何回も往復し、10頭ものラクダに水をくむ姿。美しさ、優しさと共にたくましさ、しなやかさを感じますね。

 

(しもべ)の祈りがきかれた場面ですが、効果的な祈りの秘訣の第1条件は 、「主に不可能はないと信じて祈る」ことと、具体的に祈り、もうそれが主によって与えられたと信じて感謝して祈る事です。

具体的な祈りがきかれる例を紹介します。

プロテスタント教会で多く方が集う韓国のソウル純福音中央教会のチョウ・ヨンギ先生は祈り方についてこう言っています。

・ 明らかな目標をもつこと。聖書に照らしあわせて、詳細な計画をたてる。

・目標にむかって燃える熱い望みをもつこと。

  激しい意欲は、人生に活気をあたえ、成長と成就の動機で満たしてくれる。

・ 目標を達成するために、神に与えられたビジョンに目を置き続け、成功の夢を心の中に

描く。

・ 心の平和を失わないようにし、そのためには貪欲(どんよく)を取りのぞく。

・ 私たちの成功をもう受け取ったと確信して祈る

 もう一人、祈りの人ジョージ・ミュラー師です。‘イギリス孤児の父’とも呼ばれています。物質的には何もなくて、ミュラーさんには祈り以外には頼るところがありませんでした。彼の祈りは確信に満ち、力がありました。彼が祈った時に、全く知らない所や人々から祈りの答えが来て、施設の子供達は、一食たりともも飢える事はなかったのです。

ジョージ・ミュラーは、1805年ドイツにて税務官の息子として生まれました。幼い時から教会には通ってはいましたが、酒飲みである父親のため家庭環境に安らぎはありませんでした。混乱した大変な青少年期を送ったミュラーは刑務所を何度も出入りしたのです。

そんな混乱の中でミュラーは 「私はイエス様を信じているはずなのに、なぜこんなに悪い事ばかりしてしまうのか?」という疑問が浮かび心を痛めていた時、ある牧師と出会い話をしながら、「悪い癖と言うのは、一瞬に直すことができないが、それでも神様は、一度、神の子にした人を絶対に捨てない。だからあきらめる事なく罪と争いなさい」と励まされ

心から悔い改め、その後彼は毎日夜明け4時に起きて、祈りながら自分と戦ったのです。手の施しようのなかった非行少年のジョージ・ミュラーは 19歳の時に聖書を学ぶために神学校へ入学し、宣教師になることを決心しました。卒業後、イギリスに渡ってしばらく牧会をした後、ブリストルに移ります。その頃コレラが都市全域に流行し、ブリストルで教会を開拓していた彼は、孤児たちが収容されていた施設のひどい状況を目撃して、周囲の反対を押し切って孤児院を設立するようになります。その志を後押ししたのは詩編81編10節「君の口を大きく開けよ。私が満たそう」という御言葉でした。彼は勇気と力を得て、こう祈りました「神様、私が孤児院をしたいのは偶然な事ではなく、神様が親しく私の心に与えた願いであることを信じます。私はただあなたの(しもべ)として働くだけです。」

このような彼の勇気ある態度に感銘受けた人々は、孤児院運営財源を用意するためにバザーを開いて募金運動をしようと提案しましたが、彼はこれを断りました。彼は一度に用意した物質によって孤児院を運営することは神様の意味ではないと思ったのです。はじめから最後まで、支援してくれる人々の送金と献品で孤児院を運営するということが彼の祈りだった。孤児院が立てられた後、難しいことはずっとありました。最後の残った小麦粉でパンを作って夕方の食卓を整えながら、次の日の朝のために祈らなければならない日々が繰り返され、彼は絶え間ない祈りによって、孤児院に必要な全ての物を切に求めたのです。

彼が祈った物品と食べ物は、いつも間違いなく供給されました。時には神を信じていない人々までも彼の孤児院を助けました。例えば、暴雨で荒れた次の日の朝、孤児院には食べる物は何も残っていませんでした。400人の孤児たちと一緒に空の食卓に囲んですわって、彼は子供達と手を取り合って食事祈りを捧げ、その祈りが終わった時、誰かがドアをノックしたのです。外にはパンと牛乳を積んだ馬車が停まっていました。隣近工場で従業員たちのためのパーティーに使うために注文されたものでしたが、暴雨でキャンセルされ、それが施設の子供達のために届けられたのです。彼はこのようにして孤児院を運営した 65年間の瞬間・瞬間、奇跡的な神様の供給を体験したのです。彼は、神様は求める者に一番善良なことでくださるという事実を疑うことなく信じ、その信頼は常に事実に証明されたのです。

 ヤコブの手紙4章2節「あなたがたのものにならないのは、あなたがたが願わないからです」と書いてあります。神の御心にかなう祈りなら必ずきかれるのです。

 

アブラハムの僕の祈りも、「主なる神が聞いて下さる」という確信をもっての祈りでした。

そして主の導きに従ってリベカの兄ラバンに迎えられ家に入ると食事が出されました。

しかし食事よりも大切な要件を話さなくてはと、事の次第を一部始終伝えました。(しもべ)はその話の中、「主は」と6回も使うほど、主なる神をほめたたえ、証しをしたのです。そして48節、49節で「私はこうべをたれ、主人アブラハムの神様のすばらしいお引き合わせに、心からお礼を申し上げました。こんなにも早く、主人の兄弟と縁続きの娘さんに会えるとは思いもよらなかったのですから。私の主人のお願いを聞き届けてくださるならこの上ない喜びです。いずれにしても、お返事をいただければ私は進む方向を決める事が出来ます」と伝えると、リベカの兄ラバンと父ベトエルは「このことは主から出たことですから、私たちはあなたによしあしを言うことはできません。ご覧ください。リベカはあなたの前にいます。どうか連れて行ってください。主が仰せられたとおり、あなたの主人のご子息の妻となりますように。」と答えました。(しもべ)は役割を果たした事を確認し、リベカにも嫁入りのために準備が必要だろうとたくさんの贈り物をし、宿泊せずに去ろうとすると、リベカの兄と父は、準備の期間はいらないから、アブラハムの(しもべ)と一緒に行きなさいと祝福を祈り、送り出します。リベカの家族もリベカ自身も従う覚悟が出来ている事が分かります。  私達も主の声を聞いたら、ぐずぐずしている暇はないのかもしれません。いつでも、「はい従います」と言えるように心の準備が必要なのです。

 

一方でイサクは夕暮れの野を散歩していました。ふっと見上げるとリベカを乗せたラクダの一行が来るのが見えて、リベカもイサクに気付き、すぐにラクダから降りて、「あれは誰ですか?」と僕に聞くと、「あれがイサク様です」と言われ、慌ててベールをかぶりイサクに会う準備をしました。事の次第を聞いたイサクはリベカを妻に迎え入れました。それによって亡き母サラを思う寂しさから解放されたと67節には書いてあります。

サラにとっては年をとってから神に与えられた待望の男イサクでしたから、とっても愛情をかけて育てた事でしょう。しかし母亡き後、いつまでも母を思って悲しんで知る事は良くない事です。聖書は健全な自立をこう記しています。創世記2章24節「(神が助け手を与えたので)男はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となる。」

 

私達親は子供ためと思いながら、子供の自立を妨げている事があるかもしれません。

親も人間ですから、たくさんの失敗をします。だからこそイエス様の助けを求めながら祈る必要のあるのは私たちなのです。そして、信仰の土台で自立できるよう祈る事です。

祈る事しか出来ないけれど、それが一番大切なのではないでしょうか?

 

 

今日のイサクとリベカの出会い結婚を読むとき、もう一つの大切な教えは「イエス様を信じる者はキリストの花嫁になる」という事です。男性にとって花嫁になるという表現はピンと来ないと思いますが・・・。

アブラハムが父なる神、(しもべ)が聖霊様、イサクがキリスト、リベカが私たち、そして母サラの天幕は天の御国のひな型だと考えてみてください。(しもべ)はアブラハムに遣わされ、主を崇め、執り成しの祈りをしました。聖霊様も私たちのために執り成しの祈りをしてくださっています。

そしてリベカは(しもべ)の話を聞いて、その話を信じて、すぐにイサクの妻となる事を決心しました。私たちが信じて救われたのは、聖霊様がずっと導いておられたからです。

コリント人への手紙第1の12章3節「聖霊によるのでなければ、だれも『イエスは主です』と言うことは出来ません。」とパウロは言いました。

決断をしてイサクの元へと向かう道中、(しもべ)の助けがあって進む事が出来ました。私たちの信仰生活も天の御国に帰るまで、困難があっても聖霊様の助けがあるからこそ、進む事が出来るのです。ヨハネの福音書15章26節でイエス様はこうおっしゃいました「父のもとから出る聖霊が来る時、その方が私について証ししてくださる」

イサクがリベカを亡き母サラの天幕へ招き結婚したことは、ヨハネの黙示録19章9節「小羊の婚宴に招かれている者たちは幸いだ」とあるように、イエス様の時が来て神の御国に迎えられる事は幸いだ、という事です。イエス様の約束をしてくださった事「わたしの父の家には住まいがたくさんあります。もしなかったらあなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所にあなたがたをもおらせるためなのです。」

 

その時がいつ来ても大丈夫なように、いつも聖霊様に満たされ、霊的な目を覚ましていましょう。